
「スイスの住宅探訪」
住宅に見る自然と調和のデザイン思想
スイスと聞いて思い浮かぶのは、アルプスの雪景色や高級腕時計、そして静謐な湖畔の街並み。
世界有数の豊かさを誇るこの国では、果たしてどんな家に人々は暮らしているのでしょうか。
低金利でも家が買えない原因、自然と共生する独自の設計思想、そして地下シェルターをも備えた住宅文化等々。
今回のブログでは、スイスの住宅事情と間取りの特徴を通して、“豊かさと暮らしのリアル”を読み解きます。
(1)スイス住宅市場2025:低金利でも家が買えない“豊かさの矛盾”
■住宅価格の上昇が止まらない
2025年のスイス住宅市場では、依然として住宅価格の上昇が続いています。
特に都市部と地方の価格差が拡大し、「高価格帯エリア」と「手頃な地域」の二極化が進んでいるのが特徴です。
購入希望者や若年層の世帯にとっては、マイホームの取得がますます困難な状況となっています。
連邦統計局の最新データによると、2025年第2四半期の住宅価格は前期比+1.9%の上昇しました。
全国平均では、アパート(分譲マンション)の中央値が 1㎡あたり約CHF 7,675(約146万円)。
戸建て住宅の中央値が1㎡あたり CHF 7,259(約137万円)に達しています。
なかでも、ジュネーブ・チューリッヒ・ツークといった大都市圏では、
アパート価格が CHF 10,000~16,000(約190?300万円)/㎡。
戸建てがCHF 9,000~18,000(約170?340万円)/㎡という超高額水準となっています。
例えば、首都ベルンで90㎡の住宅を購入する場合、総額が約2億円(家のみ)に達する試算もあり、「高所得国スイス」といえども、一般家庭にとって住宅購入は容易ではありません。
■住宅ローン金利は歴史的低水準へ
金融政策面では、スイス国立銀行(SNB)が2025年6月に政策金利を 0%まで引き下げ、2024年3月から続く利下げサイクルは6回目に達しました。
これにより、スイスでは 「ゼロ金利政策」が再び復活しています。
その結果、住宅ローン金利は歴史的な低水準に。
- 10年固定金利:1.3~2.0%
- 変動金利:0.66~1.20%
この環境が住宅購入意欲を後押しし、特に短期~中期固定型ローンの需要が急増しました。
銀行の住宅ローン市場シェアは前年同期比+12%の67%*に達しています。
■需要過多と供給不足という“ねじれ”
一方で、供給サイドは深刻な停滞が続いています。
2025年第1四半期の建設許可申請件数は年間49,000件とやや増加したものの、
依然として長期平均を大きく下回っています。前年比では 8%減少。
旺盛な住宅需要に対して、供給が全く追いついていない「構造的な不足状態」が続いています。
その背景には、建築許可の取得に時間がかかる行政手続きの遅れに加え、
高い労働賃金による建設コスト上昇、そして 移民増加による人口圧力があります。
過去25年間でスイスの人口は720万人から900万人余りまで増えました。これは主に労働移民を受け入れたためです。
新規居住者の流入が、住宅価格上昇のさらなる要因ともなっています。
■まとめ:高所得国の“住宅難民”を生まないために
スイスの住宅市場は、強い経済と安定した社会基盤を背景に、いまも世界的な安全資産と見なされています。
しかし、実際の生活者にとっては「金利は低いのに、家が買えない」ジレンマが広がっています。
この構造的問題を解決するには、金融緩和だけでは不十分です。
迅速な建設許可プロセスの改善、地方都市への投資促進、
そして移民を含む居住者層の多様な住宅ニーズに対応した 中価格帯住宅の供給強化が急務と言えます。
2025年のスイス住宅市場は、“富裕層の投資対象”から“国民の暮らしを支える基盤”へと再びバランスを取り戻せるかどうかが問われています。
(2)スイス住宅の基本理念:自然と共に暮らす設計思想
スイスの戸建住宅は、「機能性」「快適性」「自然との調和」を設計の三本柱としています。
国土の約7割が山岳地帯という地形を背景に、限られた敷地を最大限に活かす工夫が随所に見られます。
リビングは多くの場合、南向きに配置。冬でも日射を取り込み、自然光を活かした“パッシブデザイン”が基本です。
太陽と共に暮らす思想が、スイス住宅の美学を形づくっています。
■スイスの戸建住宅の間取りの特徴
1.コンパクト化とミニマリズムの進展
都市部では土地価格の高騰を背景に、30~60㎡台の居室を中心とした小型住宅が増加しています。
“広さより質”を重視し、省スペースでも快適な暮らしを追求するミニマリズムの流れが加速しています。
2.家族をつなぐオープンプランのLDK
スイスの住宅では、リビング・ダイニング・キッチンを一体化したオープンプラン(LDK)が主流となっています。
家族のコミュニケーションを重視し、視線が通る「開放的な空間」を演出します。
また、地下室をワインセラー・倉庫・ホームジムとして活用する例も多く、空間の多機能化が進んでいます。
3.プライベート空間の階層的配置
寝室や子ども部屋、水回りは階層別に分離され、生活動線を整理しています。
バーゼル近郊の「House C(スイスの現代建築)」では、
- 1階:主寝室+リビング+キッチン
- 2階:子ども部屋+バスルーム+ランドリー
という構成が一般的です。
地階には洗濯室(ランドリールーム)を設け、洗濯機・乾燥機・物干しスペースを一体化した設計が定番となっています。
4.環境性能を追求したスイス住宅の工夫
スイスの住宅は、断熱・気密・自然採光の3点を重視します。
特に南向きの大きな窓やテラスを取り入れることで、冬の暖房エネルギーを削減し、エネルギー効率の高さと美しいデザインの両立が図られています。
- 分厚い断熱材と高断熱窓で熱損失を抑制
- 自然光の利用で人工照明を最小限に
- 木材や石材など、地域資源を活かしたナチュラルデザイン
こうした取り組みは、単なる省エネを超え、「自然と共生する建築」という思想を形にしています。
■ミネルギー(Minergie)住宅とは?
スイスでは「ミネルギー(Minergie)」と呼ばれる省エネ住宅基準が広く普及しています。
ミネルギーは“ミニマム・エネルギー”を意味し、法律で定められた基準よりも50%以上高い省エネ性能を求められます。
ミネルギー基準の主な特徴:
- エネルギー需要量を50%以上削減**
- 高断熱外皮・高気密窓・熱回収式換気システムを採用 ・太陽熱・ヒートポンプなどの再生可能エネルギーを活用
- 室内の温熱環境や空気質を重視し、快適性と省エネを両立
ミネルギーはドイツの「パッシブハウス基準」と並び、ヨーロッパの代表的なエコ住宅規格の一つです。
スイスでは新築住宅の多くがこの基準を採用しており、環境先進国らしい自発的なエコ住宅文化が根付いているのです。
■スイスの地下防空壕(シェルター)文化
スイスの住宅文化を語る上で欠かせないのが、「地下防空壕(シェルター)」の存在です。
1962年の法制度により、国民一人ひとりに避難スペースを確保する義務が課せられました。
この制度に基づき、
- 強化コンクリート壁
- 気密ドアと換気システム
- NBCフィルター(放射線・化学・生物兵器対策)
を備えたシェルターが住宅や集合建築に設けられてきました。
現在では、これらの地下室がワインセラーや倉庫として再利用される例も多く、“防護空間”が“生活空間”として柔軟に転用されているのが特徴となっています。
■まとめ:スイスの家づくりが示す「強くてやさしい住宅」モデル
スイスの戸建住宅は、「自然と共に生きる」「快適に暮らす」「人を守る」という3つの理念を高次元で融合しています。
エネルギー効率や快適性、防護機能を備えたスイスの家は、気候変動や地政学リスクの時代において、“サステナブルでありながらレジリエント(強靭)な住宅モデル”として、今後、さらに注目されるのではないでしょうか。
参考:
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